2016.04.05
レストランや居酒屋の新規開拓に挑戦してみたものの、大手有名チェーンの系列店で少しガッカリしてしまうことがしばしばある。大手チェーン店の安定した味と価格、最低限のホスピタリティを求めて、ファミレスやファストフード、カフェや居酒屋を敢えて利用することはある。むしろ、その方が良いといって冒険しないタイプの人々がいるのも分かる。しかし、誰かを連れていける美味い店を見つけたい、ここでしか食べられないものと出会いたいと思うグルマンな人々にとって、「店の名前は違うけど実はチェーン店」というオチはいただけない。そこで、レストランや居酒屋ジャンルで増えつつある、この“隠れチェーン店”について調べてみた。
大手企業に求められる価値観の変化
フードアナリストの重盛高雄氏によると「最近は会社や学生の宴会も減少傾向にあり、居酒屋やレストランでは大型店舗の運営は難しく、大手企業も中規模店舗を出店する傾向がある。しかも、低価格を競ってきたデフレ時代から、ここ1~2年は味や品質、付加価値に重きをおくように消費者が変化している」という。これまでひとつのブランドを大規模展開してきた大手企業らが、価格競争の末に見出したのがストアレベル・マーケティング。これまでニッチ企業が主体となって行ってきた、出店エリアごとに業態を変え、個店の特色・特徴を打ち出す手法に乗り換えることで、大手企業も消費者に求められる価値を追求し始めたのだ。また、これを後押ししているのが、続々と増えている大型商業施設への出店。同じような顔ぶれの店が軒を連ねていた各施設のテナントが見直され始め、既存のメジャーブランドによる大手企業の出店が難しくなってきている。手を変え品を変え、時代性、話題性を取り入れた新業態を作らないと太刀打ちできない事情もあるのだ。
きっと騙される! 隠れチェーンの名店
そんな隠れチェーン店の中でも、個人営業店のような雰囲気さえ醸し出す、隠しワザが秀逸な店をいくつか紹介しよう。
●Na Camo guro(ナカモグロ)
中目黒駅から徒歩1分ほどの路地裏に、2015年秋オープンした鴨料理専門店。見逃してしまいそうな分かりにくい看板や入り口の作りはザ・中目黒といった風情だが、ここは「塚田農場」なども手掛ける上場企業、株式会社エー・ピーカンパニーが運営している。鴨すき焼きが絶品だと各種メディアでも取り上げられる話題の店だが、「塚田農場」や企業名はあまり語られておらず、企業サイトでも店舗リストに載せていないという徹底ぶり。
●銀座しまだ
いまや行列でお馴染みとなった「俺の」シリーズ店を、30店舗以上展開している俺の株式会社。同社の新業態として2012年に開店させたのが、京都の老舗料亭や「麻布幸村」などの名店で腕を磨いてきた、料理人・島田博司氏が手掛けるカウンター割烹の店「銀座しまだ」。路地裏にひっそりと佇む格調高い雰囲気や、カウンター10席と4人掛けテーブルひとつというサイズ感は「俺の」系列を微塵も感じさせない趣がある。とはいえ、同社がコンセプトとする高原価率と回転率は厳守されており、そのコスパの高さに開店直後から行列が絶えず、食べログでも4.08という高評価でTOP500入り(2016年3月現在)する名店となった。
●もつ焼ウッチャン 新宿思い出横丁
戦後の下町風情が漂う新宿思い出横丁で、何の違和感もなく老舗酒場と軒を連ねる「もつ焼きウッチャン」。実は隠れチェーンのカリスマ、中島武氏が率いる際コーポレーション株式会社の店なのだ。和洋中の飲食店からデリ、物販、ホテル事業などで300を超える店舗を運営する同社。「紅虎餃子房」「万豚記」などの数ブランドを除いては多店舗展開せず、すべて別ブランドの個店として出店してきたあたり、かなり先見の明があるといえる。もつ好きの間でもそこそこ知られた存在のこの店は、大きなコの字カウンターは常に満席状態の盛況ぶりだ。
隠れチェーンを見抜くには?
そこで、この隠れチェーン店を何とか見抜く方法はないものかと、業界誌やプロの方々にも話を聞いてみたが、結果は「NO」とのことだった。店名や看板、内装、コンセプトなどの傾向はあるが素人目に分かるものではなく、人気店ともなるとそれを模倣する店舗も現れるため、見た目だけで特定するのは不可能だそうだ。また、人気の空間プロデューサーは大手各社から引き合いがあるため、別企業の店でもテイストが似通ってくるケースもあるのだとか。さらに、大手企業の多業種化が進んでいる時代背景もあり、その巧妙さは増してきているようだ。
私自身、隠れチェーン店にはかなり敏感で、行く店のチェックは怠らないタチだ。チェーン店が悪いという訳ではないが、個人経営の店を応援したいという心情があり、なるべく大企業の店を避けている。そんな私が普段チェックしているポイントはこれだ。
・店員が親子や夫婦で営んでいるか
・立地やビルの雰囲気
・出店規模や店舗の広さ
・内装デザインが主張し過ぎていないか
・ひとり飲みのオヤジが多いか
・タッチパネルではなく伝票を使っているか
・トイレに置かれた求人やショップカード
・箸袋や紙ナプキンの印字
・店名がドラマチック過ぎないか
かなり主観的な見方ではあるが、これらのポイントがクリアできた店は、個人経営の店が比較的多いと思う。
消費者と企業が真剣勝負する時代
以前はテレビや雑誌などを参考にしていた飲食店選びの基準が、SNSの普及で大きく変わってきている。駅から近い、人気のビルに入っているといった要素よりも、信頼性の高い口コミを参考にして「この店は一度行ってみたい」「この店のこれを食べたい」という明確な目的意識で店を選ぶ人が増えてきているのだ。
「多くの企業が様々な挑戦をしてきているからこそ、リーマンショック後も30兆円という外食マーケットは維持できている。珍しさや好奇心をくすぐるような食や店が増えることで、消費者にとっても刺激や豊かさ、潤いにもつながる。消費者を飽きさせない、楽しませる努力として、隠れチェーンも見て欲しい」と重盛氏はいう。たしかに、先ほど挙げた3軒については、事前に隠れチェーン店だということはわかっていたが、総合的にみて飲食店としてのレベルの高さは申し分なく、実は何度かリピートしている。このような、隠れチェーン店というあざとさを超越するような店が増えてくることによって、何の創意工夫もないありきたりなおしゃれ和食ダイニングなどが淘汰されていく時代は、もう近いのかもしれない。