映画と音楽のオイシイ関係

2020.03.26

映画と音楽のオイシイ関係

兄妹の青春と葛藤を至極のカラーとサウンドで織りなす
『WAVES/ウェイブス』

新型コロナウィルスの影響でイベントや人が集まる場所での行動自粛が叫ばれる今日この頃。映画館もその例にもれず、我々の娯楽の一つである、映画館での映画鑑賞の楽しみを奪われてモヤモヤとした思いを抱いている人も少なくないだろう。 そんな鬱蒼とした心に必ずや響くであろう作品を紹介したい。新進気鋭のスタジオA24が放つ最新作『WAVES/ウェイブス』だ。

主人公はマイアミで暮らすアフリカ系アメリカ人の兄妹。兄のタイラーはレスリング部のスター選手で美しい恋人もいる。恵まれた家庭に育ち、何不自由のない生活を送っていたように見えたが、人生の歯車は少しずつ狂い始め、思いがけない運命がタイラーを待ち受ける。一方、妹のエミリーは活発な兄の陰で目立たない少女。タイラーが起こした事件が家族をバラバラにして行く中でエミリーは誰にも苦しみを打ち上げられずに悩んでいた。そんな彼女に、タイラーと同じレスリング部にいたルークが声をかける。次第にルークを愛するようになったエミリーは、ルークのためにある決断をする。一言で言えば、「傷ついた若者たちが、新たな一歩を踏み出すまでを鮮烈に描く希望の物語」そしてPR資料には「躍動するサウンド、カラー、ストーリー」「プレイリスト・ムービー」などという言葉が並んでいる。

私はこの映画を見たときになぜか、『アメリカン・グラフィティ』(略して『アメグラ』)を思い出してしまった。『アメグラ』といえば、言わずとしれたジョージ・ルーカス監督の映画。1960年代のルーカスの青春時代を描いており、アメリカ人の誰もが持つ高校生時代の体験を映像化した作品である。ベトナム戦争に突入する前のアメリカの「最後の楽しい時代」を描いたことにより、戦争に対するトラウマを別の形で浮き上がらせている、という見方もある。
本作と『アメグラ』では、撮影の技法だけでなく時代感やテーマ性の重みも当然違うが、何を持って同じ匂いを感じるかと言えば、誰もが持つ若者特有の感性を描いていること、それぞれの映画で音楽がとても際立ち、「プレイリスト・ムービー」として成立している点だ。
『アメグラ』は、映画に合わせて曲を作る従来の映画音楽の手法ではなく、1950年代半ばから1960年代前半にかけての楽曲が全編に散りばめらている。当時はまだ「プレイリスト」という言葉は存在せず、spotifyもapple musicもなかったため、「サウンド・トラック」を探して劇中使われた名曲の数々を楽しんだものだった。

本作も音楽が主体となってストーリーが展開して行く様はまさしく同じで、さらに音楽と登場人物の心境や状況がもっと密接にリンクした形で進み、気づけばアニマル・コレクティヴやケンドリック・ラマー、カニエ・ウェスト、フランク・オーシャンといったアーティストたちの31曲のプレイリストが出来上がる。個人的な話で恐縮だが、ここ15年くらいアメリカの音楽シーンを追うことをやめてしまった私にとっては、映画館の大音響で聴くにはいささか刺激的すぎる曲もあったくらいだった。



そしてこの映画をとても印象的なものにしている大きな要素は「色」である。
照明の使い方やカラコレが素晴らしいし、部屋や衣装、ネイルにいたるまで、スクリーンに収まる色の使い方は見事としかいいようがない。なんとも言えない絶妙な色味がたまらなく、忘れられない印象を残す。

ストーリーをとっても音楽をとっても、とても「アメリカ的」で「現代的」な作品だなと思う。まだ弱冠31歳のトレイ・エドワード・シュルツ監督の、若々しいセンスがみずみずしいまでにパッケージされている。日本では高校生たちがプール付きの豪華な邸宅を一棟貸し切ってEDMやHIP HOPをかけながらお酒を飲んで盛り上がるパーティ文化なんてないし、親子間のキスやハグだってめったに見られない。家族や友人、恋人とのコミニュケーションの取り方は日本とアメリカでは違うのだ。そして時代が変われば、煩悩の種類も変わってくる。『アメグラ』に描かれた高校生たちの葛藤なんて、本作にくらべたらなんとシンプルにみえることだろう。若者の苦悩は複雑に、音楽はさらにダークに加速していく。
けれど、どんな時代だってどの国に生まれたって、悲しみや苦しみを乗り越えるための愛や優しさが必ず存在することは変わらない。



私たちは多かれ少なかれ、闇を抱えている。この世界の光と闇の壮大なコントラストの中に、人生の美しい色彩を見出すのだろう。
あるいは波のように押し寄せる苦しみや悲しみを乗り越えた先にこそ、真実の光が存在するのかもしれない。

(Text:akiko)

<映画情報>

『WAVES/ウェイブス』 ▪️監督・脚本:トレイ・エドワード・シュルツ(『イット・カムズ・アット・ナイト』)
▪️出演:ケルヴィン・ハリソン・Jr、テイラー・ラッセル、スターリング・K・ブラウン、レネー・エリス・ゴールズベリー、ルーカス・ヘッジズ、アレクサ・デミー
▪️作曲:トレント・レズナー&アッティカス・ロス(『ソーシャル・ネットワーク』、『ゴーン・ガール』)
▪️配給:ファントム・フィルム
▪️原題:WAVES /2019年/アメリカ/英語/ビスタサイズ /135分/PG12
▪️URL:https://www.phantom-film.com/waves-movie/
©2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.
4/10(金)TOHOシネマズ日比谷他、全国ロードショー予定
※追記:4月10日公開予定とされていましたが、残念ながら新型コロナウィルス感染状況を鑑みて公開延期、現状公開時期は未定となっております。アップデート情報は、上記URLをご確認ください。


akiko

ジャズシンガー
2001年、名門ジャズレーベル「ヴァーヴ」初の日本人女性シンガーとしてユニバーサルミュージックよりデビュー。既存のジャズの枠に捕われない幅広い音楽活動で人気を博し、現在までに23枚のアルバムを発表。パリ、ロンドン、ニューヨーク、リオ・デジャネイロ、オスロ、ニューオリンズなど海外でのレコーディングも多く、またヨーロッパでのツアーやジャズフェスティバルなど、国内外で活躍。これまでに「ジャズ・ディスク大賞」や「Billboard Japan Music Award」を始め、数々のミュージックアワードを受賞。2003年にはエスティー・ローダーより日本人女性に送られる美の賞「ディファイニング・ビューティー・アワード」を授与される。 
またシンガーとしてだけではなく、ソングライティングやアレンジ、ジャケットのデザインも含めたアートディレクションに至るまでセルフ・プロデュースもこなし、コンピレーションCDの選曲や他アーティストのプロデュース、執筆なども手がける。 
一方、アパレル・ブランドとのコラボレーションで帽子やワンピースなどのアイテムを展開するなどファション方面でも活躍。また、定期的に声を使ったボイス・ワークショップや、子供のためのジャズワークショップを開催している。更に英国アーユルヴェーダカレッジ日本付属校認定アーユルヴェーダライフスタイリスト、日本ナチュラルヒーリングセンター認定アーユルヴェーダ・ホームケアドクター、ライフコンサルタント、アー ユルヴェータプランナー並びにアーユルヴェータヨーガの資格を取得し、2013年からはワークショップやリトリートツアーなども開催している。 デビュー15周年となる2016年にはアーユルヴェーダをコンセプトにコンパイルした5枚組50曲入りのベストアルバム「Elemental Harmony」をリリース。2018年4月にはジャズ・スタンダードをテーマにしたエッセイ「ジャズを詠む」を出版。現在、ピアニスト林正樹氏とのコラボレーションアルバム「spectrum」が好評発売中。
音楽性やファッション性のみならずそのライフ・スタイルにも多く支持が集まる。

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