クスっと笑えるLOVEがある東京的偏愛生活 〜片手袋編|Favoritism to lonely gloves

2015.09.02

vol.7 TOKYO COST PERFORMANCE
クスっと笑えるLOVEがある東京的偏愛生活 〜片手袋編|Favoritism to lonely gloves_1

片方だけの手袋が街角に落ちている光景を、冬場などに昔からよく見かける。また、自分が失くしてしまうこともよくあることで、我が家にも行き場を失った片方だけの手袋がいくつも箪笥の肥やしとなっている。
ただ、そんな片方だけの手袋を“片手袋”と名付け、10年間で約4000枚も携帯で撮り続けている人がいるということをご存知だろうか。片手袋研究家・石井公二さんは、東京に生まれ、東京で暮らし、東京で片手袋を追い続けるなかで、一体なにを見てきたのか。この偏愛ぶりと異端な研究に、私たちは東京の気づかれざる愛のカタチを知ることとなった。

片手袋への目覚め


クスっと笑えるLOVEがある東京的偏愛生活 〜片手袋編|Favoritism to lonely gloves_2

―石井さんが片手袋に目覚めたきっかけは?

小学生の頃に『てぶくろ』というウクライナの絵本を読んで、最初はただ物として片手袋に興味を持ち始めました。その後、25歳くらいの時に初めてカメラ機能がついた携帯電話を買って、たまたま家の前に落ちていた片手袋を撮影したのをきっかけに、何となく撮り続けるようになりました。それと、僕は大学時代に芸術を学んでいる頃から赤瀬川原平の「路上観察学」に興味があったのですが、写真を撮り溜めていくうちに片手袋の系統が見えてきて、これは同じ様なやり方でできるなと思ったんですね。

―片手袋のどんな所に魅力を感じたのですか?

落とした人が知らないところで、実は色んな物語が展開しているかもしれないっていう要素ですね。まさに絵本で読んだ世界は現実の世界でも起こっていたんです。
例えば、自転車のサドルの上に毛糸の片手袋が乗っていて、雨の日だったので明らかに自転車に乗っていた人の物ではないんです。ということは、通行人の誰かが拾ってこのサドルの上に置いてあげたんでしょうけど、自転車の持ち主が帰ってきてこれを見た時に、もう一度捨てるのは忍びないじゃないですか。そう考えると、たったひとつの片手袋に、落とした人、拾って置いた人、自転車の持ち主、すでに3人もの人が絡んでいるんです。こんな小さな現象に色んな人が関わって、物語ができているところが面白いんですよ。都会では身内以外の人生は遠いところにあるような感覚で生きているけど、片手袋のことを考え始めた途端、全然知らない人の人生がグッと身近になってくるんです。

クスっと笑えるLOVEがある東京的偏愛生活 〜片手袋編|Favoritism to lonely gloves_3

HOW TO 片手袋研究


―石井さんの片手袋研究にルールやテーマはあるんでしょうか?

僕は探しに行くことは一切しないので、日常生活の中で偶然出会うものを記録しているんです。こんなこと10年やっていてなんですけど、わざわざ探しに行く程のことではないというのが根本的に自分の中にあって(笑)。でも、例えば今日も取材に来る道すがら探してましたが、出かける先々で常に探してしまうんです。そしてまた、常にあるんですよね。
あとは、僕は片手袋に触らないというルールでやっているので基本は拾いません。僕が物語を作ってしまうのには抵抗があって、あくまでも僕自身は観察者に徹しています。ただ、落とした瞬間を2~3度見たことがあって、さすがにそれは落とし主に声をかけました。まぁ、夜だったので暗すぎて写真が撮れなかったこともありますが(笑)。

―探しに行かずに10年で約4000枚もの写真を撮るというのは、都内でも片手袋の多いエリアってあるんですか?

東京では築地や倉庫の多い湾岸線のあたりは作業用手袋を使う方が多く、その分落とす確率も高まるので年間を通じて観察することができます。しかし運送業の方とかが道路に落とすことはよくありますから、街中でも作業用手袋類は季節を問わずありますね。ファッション類が多いのは勿論冬場なんですが、夏とか「なんでこの時期に?」っていう時に出会う事もあります。要は一年中見付ける事は出来るのですが、それでもスランプでなかなか出会えない時は公民館とかの落し物コーナーを見に行くと必ずあるんですよ。僕にとっては養殖物みたいな感じなんですけど、コッテリした養殖のハマチもたまには良いもんですよね(笑)。

―養殖物もイケるんですね(笑)。落し物には靴や靴下なんかもよく見ますが、なぜ手袋なのでしょうか?

路上に落ちているものは気になって色々撮ってはいるんですけど、本当に心の底から惹かれるのはやっぱり片手袋だけなんですよ。幼少期の原体験という強烈なファーストインパクトがあったものですからね。ただ、研究家を名乗っているので、近いジャンルの物にも目を光らせていますし、片手袋にフィードバックしてくるようなヒントがそういう物に隠されていることもあるんですよ。

―この分類表を見ると、ただ撮り溜めた記録ではなく、片手袋の背景や分類、考察、そして愛情こそが研究なんだと感じられますね。

「科学的な態度と文学的な心で片手袋に接しましょう」というのが僕のスタンスなんです。最近、文系、理系論争みたいなものもありますけど、僕はどっちも必要だと思うんです。ただ実例を積み重ねていって分類するだけではつまらないので、背後にある物語を妄想で広げていくという楽しみ方もする。その両面があるから、面白さが成立しているんだと思いますよ。例えば、この分類表にある「雨に唄えば系」は、雨に濡れてぐちょぐちょになっている片手袋のことなんですけど、完全にゴミだし汚いし、一番可哀想じゃないですか。こいつこそ“片手袋of片手袋”だよっていう思いがあったんで、パロディ的なネーミングで入れました。でも、基本的には実例が溜まらない限りは加えませんし、この分類表も定期的に改訂しています。

クスっと笑えるLOVEがある東京的偏愛生活 〜片手袋編|Favoritism to lonely gloves_4

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