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2015.05.16

vol.5 TOKYO STANDARD
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東京グルメを語る時、欠かせない存在のひとつに「蕎麦」がある。江戸の頃にブームとなって始まった東京の蕎麦カルチャーは、庶民たちのファストフードであり、一杯飲み屋としても愛されてきた。いまでは、駅蕎麦や立ち食い、長寿庵的な町の蕎麦屋、居酒屋や割烹、BARなどで酒と蕎麦を楽しむ店まで、それぞれ嗜好や用途に合わせて店のスタイルも多種多様に進化している。そんな中、江戸三大蕎麦と評される「藪」「砂場」「更科」の老舗は、いまもなお昼時ともなると行列必至の人気ぶりだ。蕎麦自体が格別旨いのかというと、そうでもない割に量は少なく、値段は高い。最近ではつなぎや蕎麦粉、出汁などにとことんこだわる新興店も多く、自分好みの旨い蕎麦なぞ他でいくらでも出会えるだろう。
しかし、そんな江戸蕎麦の御三家が他では味わえない魅力を発揮するのが、昼下がりの蕎麦屋酒だ。歴史や風情に思いを馳せながら、簡素だが粋な肴でちびちび酒をやれる空間には、価値があり、色気がある。この上質な陶酔感は、そこいらの居酒屋では味わえないもの。そこで、今回は蕎麦については棚に上げ、蕎麦前といわれる、極上の昼酒に酔える老舗蕎麦屋の名肴をご紹介しよう。

違いがわかる蕎麦前の王道



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江戸三大蕎麦の中で最も歴史が古いが、その発祥は意外にも大阪という「砂場」。徳川家康の時代に東へ進出し、現在では南千住「砂場 総本家」をはじめ、日本橋「室町砂場」、「虎の門 大坂屋砂場」、「巴町砂場」が、江戸から続くその味を残している。
昼酒という点で推したい店でいうと、店構えに風情を残し、お酒、肴の種類も豊富な大坂屋砂場も捨てがたいが、味、ホスピタリティという面でピカイチなのが室町砂場だ。
肴のラインナップは定番一色ではあるが、焼き鳥をはじめ季節のお浸しや酢の物など、素材のセレクトは間違いなく、上品かつ繊細な味付けはちょっとした割烹レベルの美味しさ。なかでも、江戸前のあさりを生姜とほのかに山椒を効かせてふっくら炊いたあさりは格別。また、ここの玉子焼きは、砂場ならではの甘めの蕎麦つゆが効いた、しっとり、ふっくら、熱々の仕上がりが秀逸だ。醤油を垂らした大根おろしを添えてはふはふと玉子をほおばりながら、ビシっと熱い菊正宗で流し込み、時にはあさりで小休止。このルーティンこそが至福のほろ酔いへと導いてくれるのだ。

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“抜き”でちびちびと


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幕末に江戸蕎麦の名店と呼ばれた「団子坂蔦屋」(通称やぶそば)から暖簾を受け継ぎ、明治13年に創業した神田淡路町「かんだやぶそば」を筆頭に、大正には浅草「並木藪蕎麦」、昭和には上野「池之端藪蕎麦」が誕生し、現在では藪蕎麦御三家といわれている。キリリと辛い蕎麦つゆが特徴的で、江戸の粋とされるつゆのちょいつけカルチャーここに在りといった代表店だ。この濃い汁をアテにして酒を飲むいわゆる「抜き」を楽しむなら、やっぱり「並木藪蕎麦」だろう。温かいつゆ蕎麦から蕎麦を抜いた「抜き」は、蕎麦前でちびちびと酒をやりたい呑兵衛の江戸っ子があみ出した酒飲みメニュー。店によっては対応してくれなかったり、値段も割高になることもあるが、こんな蕎麦屋らしい肴はない。しかも、出汁が旨くなければ成立しないため、私もこれまで色んな店でオーダーしてみたが、ここ並木藪の出汁が酒にぴたりとハマる。カツオをしっかりと効かせ、香りと旨みが凝縮された出汁にキリっとした醤油の塩梅。木樽の香りが良い樽酒の菊正宗との相性は抜群だ。つゆの滴る天ぷらをついばむ天抜き、鴨脂をたっぷり吸い込んだ葱をほおばる鴨抜き。これが並木藪蕎麦の真骨頂だ。

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天かすは上等なつまみ


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200年ほど前に信州更級郡の反物商が、麻布永坂で開業した更科蕎麦。蕎麦の中心部分だけを使った上品な真っ白い蕎麦が有名で、都内に数店舗ある一大派閥だ。そのルーツという麻布十番には、お家騒動の後に生まれた「永坂更科 布屋太兵衛」「麻布永坂 更科本店」「更科堀井 麻布十番本店」の3軒があり、今でもしのぎを削っている。なかでも、地元民やグルマンたちの支持が高い「更科堀井 麻布十番本店」は、麻布界隈での昼酒のメッカだ。メニュー的にお食事向けの布屋に対し、圧倒的な肴の品数を誇る麻布永坂だが、江戸蕎麦の簡素さと粋な風情を感じられるのが堀井の魅力なのだ。一品料理はどれも丁寧な仕事を感じさせる上品な味付けだが、ここに来たら絶対に外せないのがかき揚げ。真ん丸の大きなかき揚げを箸で崩すと、小海老がゴロゴロと入っており、サクサク、プリプリの食感が抜群なのだ。個人的には塩を頼み、海老は塩で、残った衣は天つゆに浸してちまちまやるのが2倍楽しい。酒は地酒など数種類あるが、追い蕎麦粉をしたトロトロの蕎麦湯を使った、蕎麦湯割りもおすすめだ。

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予約マストの裏メニュー


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江戸三大蕎麦とは異なるが、東京の老舗蕎麦屋の名店といえばここは外せない。かの池波正太郎の愛した店としても知られる「神田まつや」は、昔の蕎麦屋の佇まいを残す店構えも魅力のひとつ。昼時は大テーブルに肩を寄せ合う相席が基本だが、いい具合に自分空間が確保できる昼下がりが狙い時。肴は蕎麦屋の定番もの、酒も菊正宗1種類、親子丼やカレー丼などのご飯ものも揃うあたりにも、老舗の看板に奢らず、下町の蕎麦屋であり続けることへの潔さを感じさせる。そんなまつやをちょっと特別に楽しむなら、事前予約でしかありつけない太打ち蕎麦と玉子焼きを頼みたい。江戸蕎麦の源流といわれるそば切りを彷彿とさせる太打ちができるのは、老舗店の中でも希少な手打ちを続けている証。もちもちのコシを噛みしめるほどに蕎麦の香りが広がる太打ちは、蕎麦屋で楽しめるお酒のお供として最強ではないか。そして、ここの玉子焼きは薄焼きを巻くスタイルではなく、上下から火を入れる寿司屋系。江戸前らしい甘さと出汁をしっかり効かせた玉子は、表面はカリッと、中はしっとりとしたケーキのような仕上がり。いずれも手間のかかる逸品ということで予約制のため、昼時などは避けて、やはり昼下がりにゆっくりと楽しむのが筋なのだ。

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平日の午後2時過ぎから夕方5時。世間への後ろめたさと優越感に浸りながら、酒と蕎麦前に興じる。東京人なら一度はしてみたい、蕎麦屋の楽しみ方ではないだろうか。

(Photo&Text:Yumi Sato

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