2015.05.04
“貴方はもう忘れたかしら 赤い手拭い マフラーにして 二人で行った 横丁の風呂屋 一緒に出ようねって言ったのに いつも私が待たされた 洗い髪がしんまで冷えて 小さな石鹸 カタカタ鳴った 貴方は私の体を抱いて 冷たいねって言ったのよ”
言わずと知れたフォーク・ミュージック界の王様・かぐや姫の「神田川」の一節からは、古き良き昭和の時代、市井の人々の生活の一部に、風呂屋=「銭湯」が確かに存在していたことがよく分かる情景がありありと描かれている。
神田川の世界をリアルに体現したいと思ったからではないが、ほんの数年前まで自身が暮らしていた家にはたまたま風呂がなく、これまた家の真ん前にたまたま銭湯があったので、それから2年ほど、大衆浴場が私たちの風呂場になった。両手、両足、伸ばし放題。手ぶらでふらりと立ち寄っても、貸しタオルがある。シャンプー類も備え付け。心ゆくまで大きな湯船にゆったりと浸かることができる。そんな贅沢きわまりない環境が、東京中心部の暮らしの中にあるということは素晴らしく貴重であり、その恩恵を受けられることにいたく幸せを感じた。
昨今、銭湯というと、シルバー世代が集う場としてのイメージが強いが、それはきっと、時の流れと共に銭湯に慣れ親しんできた人々が年を重ねたからに他ならない。実際、自身と同世代の30代男女、あるいは20代、40代の利用者もかなり多くいる。パパッと手軽にシャワーで済ませるのもいいけれど、“銭湯に行く”というその情緒溢れる行為自体に、せわしない現代人をほっこりさせてくれる癒やし効果があることは事実だ。
「ちょくちょく行ってるよ!」という人はもちろん、「指折り数えるほどしか行ったことがない」という人にも、“東京銭湯”を新たな定番として、ぜひ生活に取り入れてみて欲しい…そんな想いを込めて、今オススメの東京銭湯3軒をご紹介したい。
◆金春湯・銀座
銀座8丁目の金春湯(こんぱるゆ)は、文久3年(1863年)開業の老舗。飲み屋が立ち並ぶ雅な通りの一角、まさに「こんなところに銭湯が?」という意外な立地にある銭湯、当初は木造建てだったそうだが、昭和の終わりごろに改装し、現在はビルの1階としてその面を構えている。
開店14時。20分前に着いたが、すでに常連とおぼしき2人のご婦人が店先のベンチに座っていた。10分前になると、30代40代の男性客3人が個別にやってきて、世間話がワイワイ始まる。ここでは新参者の筆者。少し遠巻きにその様子を眺めていた。14時きっかり、内側からシャッターが開き、一同に混ざって入店した。
暖簾をくぐると、年季の入った木札鍵の下駄箱。靴を預けて中に入ると、昔ながらの番台に女将。
数分前までの外界とは全く異なる時間の流れに戸惑いながら、天井を見上げると巨大な神棚が!男湯と女湯を一所に束ねる配置にあるそれは、大正時代に作られた由緒あるもの、色んな意味で厳かな趣に両手を合わせたくなる。
脱衣所でひときわ目立っていたのはレトロ感満載の真っ赤なドライヤー。試してみたかったが、銭湯めぐりの一日、ここで堪能しすぎては次に行けぬと思い、眺めること数分。この日、利用者は見かけなかったが、見たところ新品同様で、コンディションも良さそうだった。もちろん、普通のドライヤーも常備しているのでご安心を。
桶はかの有名なケロリン桶と同じ、睦和製の「モモテツ」(※)の広告桶で、一般的な洗面器に比べると、ひと回り小さいサイズ感だが、木桶のようにメンテナンスに時間を費やすことなく、丈夫で長持ちするのが特徴なのだそうだ。
※モモテツ=ゲームメーカー・ハドソンの桃太郎電鉄こと桃鉄のこと
浴場を彩るのは、錦鯉や花鳥風月の風雅なタイル絵たち。いずれも絵師・石田章仙が描く鈴栄堂の九谷焼で、かつては現在の倍のタイルがあったという。男女ともカラン、シャワーは16個ずつある。備え付けのボディソープ、シャンプー&リンスがあるが、この日、筆者を除いた利用者は全員、マイ洗面器と入浴グッズを持参していた。地元の人ならではの特徴だろう。
浴槽は2槽あり、大きい方の浴槽はジェットバス付き。菖蒲、ラベンダーなど、季節の花々や柚子などを湯船に浮かべることもあるらしい。平日の真っ昼間から、いの一番で浸かる湯はなんとも贅沢。優しく体を包み込み、解きほぐされていく感覚に至福の喜びを感じた。
男湯と女湯で異なる富士山のペンキ絵も、金春湯の魅力のひとつだ。こちらは、日本にたった2人しか存在しないペンキ絵師の1人、中島盛夫氏による作品。日本の象徴であるし、パーフェクトな末広がりで縁起も良く、姿形も美しい。けれど、それならば、日の丸や桜でも良かったであろうに、「なぜに、大衆浴場の背景画に富士山?」という疑問は拭えない。
調べてみたところ、千代田区猿楽町に「キカイ湯」という銭湯がかつてあったそうだ。大正元年(1912年)、“ぜひとも、子供たちに喜んで湯船に入って欲しい”というオーナーの願いから、ペンキ絵の依頼を受けた洋画家の川越広四郎氏が富士山をモチーフに選び、描き上げた。こうして日本で初めて描かれた富士山のペンキ絵は、またたく間に反響を呼び、周りの銭湯にも普及して現在に至るというわけである。
金春湯
東京都中央区銀座8-7-5
03-3571-5469
営業時間:14:00~22:00
定休日:日曜日・祭日
http://www002.upp.so-net.ne.jp/konparu/index.html