ARTIST SELF-PRAISE 作家自画自賛

2017.03.31

ARTIST


アーティスト自身による
自画絶賛 Vol.18
NAGAO/長尾浩介

スマートフォンの眼で“日常”にある“非日常”を切り撮る
「PHONE EYE」 スマフォトグラマー

街を歩いていると、ある瞬間、見えているのに見えていないものがあることに気づく。厳密に言えば、見えているけれど脳がそれを認識していない状態であることに気づくのだ。それは、きわめて日常的な風景を構成する「部品のようなもの」、もしくは自分には興味がなく「気に留めないもの」、あるいは毎日見過ぎているがために「空気と化しているもの」たちだ。



たとえば、あなたが毎日通る道の近くにはきっと、大なり小なり、何かしらの建物があるだろう。そして、建物には壁がある。壁の表面には塗装が施されていたり、板やタイルが貼られていたりするだろう。色や質感はさまざまで、比べて見ると実に多くの種類があることがわかる。つくられた年代や様式、施工方法、手を加えた職人の技量によって、実にいろいろな表情があり、千差万別だ。あるものは経年変化でひび割れ、塗装が剝がれ落ちていたり、表面材のタイルが欠け、その上を何者かによって、ペンキで落書きされたりしているかもしれない。しかし、あなたはそんな壁を気に留めることはなく、もちろん、いちいち見て歩くことなどはしないだろう。なぜなら、それはきわめて日常的な風景だからだ。

日常という「概念」で括られた世界の中には、非日常的な事象が潜んでいる。それゆえ、日常と非日常は常に「紙一重」の状態であると言える。視点を変えるだけでまったく異なる答えに導かれるように、今ぼくたちが生きているこの世界はいとも容易く、見たことのない「非日常」へと姿を変えてしまう可能性を秘めているのだ。日常に潜む、非日常的要素を含んだ「違和感」が、「日常」であるための「許容量」を超えたとき、日常は、非日常へと反転する。それまで見慣れていた風景が、まるで違った顔を見せはじめるのだ。



“生気のない無人の廊下は、どこまでも続く無限ループとなり、夜道にぽっかりと口を開けた水たまりは、ブラックホールのように光を飲み込む。民家の軒先に放置された不要品の集積は、不気味なオブジェとしての存在感を漂わせ、虚像と実像が複雑に層を成す都会のビル群は、合わせ鏡の中に迷い込んでしまったかのような錯覚を呼ぶ。”

「非日常」の気配を感じたとき、ぼくはシャッターを押す。毎日ケータイしている「スマホ」というカメラで。非日常を形成する「違和感」は、日常のそこかしこにある。ぼくたちの視界の片隅にひっそりと、でも確実に存在している。それらを見つけ、そっと拾い上げ、画面いっぱいにクロースアップすることで、写真の中に広がる風景は、見たことのない「異界」となる。それは、ステレオタイプな審美眼の、死角をなぞるように、暗鬱な美しさを放つ。



ぼくは、自称「スマフォトグラマー」だ。ぼくがここ4年ほど、毎日撮影し、SNS投稿している写真(スマホで撮影し、インスタグラムで画像処理した写真作品)を、スマ—トフォンとフォトグラフとインスタグラムをかけあわせた造語「スマフォトグラム」と名付けている。先日、幻冬舎より刊行した『PHONE EYE』は、そんなスマフォトグラムの写真集だ。作品はすべてiPhoneで撮影し、インスタグラムの画像処理機能を使い、「スマホの中だけで完成させる写真作品」というコンセプトのもとにつくっている。撮影した写真は、作業スペース 幅約5センチという、スマホの小さな液晶画面上で、指先をすべらせながら、色味やトーン、画像の水平や垂直、トリミング等の微妙な調整を行なう。作業にはパソコンを一切使わないので、その行為は、大型ディスプレイに向かってマウスやペンタブレットで入力するという普段の環境とは異なる感覚だ。それは、少しだけ非日常的な、ぼくの日常だ。

(Text & Photo:長尾浩介)

NAGAO/長尾浩介(ながおひろすけ)
1966年生まれ。スマフォトグラマー/グラフィックアーティスト。写真やイラスト、デザインなど多岐に活動。近著は、使用機材がスマホだけという写真集『PHONE EYE』(幻冬舎)。
「劣化」とは無縁のデジタルデータとしての「写真」は、紙の上に定着させ、「物質化」することではじめて、生身の人間と対等になり、同じ世界の「いきもの」として存在できると思う。
Instagram ID:tokyobaka

PHONE EYE
定価: 1,800円(税抜き)
出版社:幻冬舎
発売日:2017/2/23
https://www.amazon.co.jp/dp/4344911121

「PHONE EYE」出版連動企画写真展
開催期間 : 2017年6月21日(水)~26日(月)
開催時間 : 12:00~19:00 (初日は15:00から、最終日は17:00まで)*会期中無休
開催場所 : America-Bashi Gallery
     東京都渋谷区恵比寿南 1-22-3
TEL   : 03-6303-1414
アクセス : ■ JR山手線・埼京線「恵比寿」駅(東口)より 徒歩5分.
     ■ 地下鉄 日比谷線「恵比寿」駅(1番出口)より 徒歩7分
http://americabashigallery.com/

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