2016.12.15
- 読書狂時代
『頼むから寄り添わないでくれ』
2016年ももう残りわずか。巷では流行語大賞やら新語大賞などが発表されていますが、私の中で今年一番気になったワードは「寄り添う」です。「あなたに寄り添う〇〇」とか、「もっと寄り添う〇〇に」などのコピーが横溢し、二年前には「みんなそんなにありのままでいたいのか」と首を傾げたものですが、今年は「みんなそんなに寄り添われたいのか」と微妙な違和感を覚える一年となりました。
とりあえず「寄り添う」という言葉を使えば、女性消費者へのアピールはOKという安易さがなんとも残念なのは置いておくとしても、「寄り添う」とは「ぴったりとそばに寄る」との意味だそう(大辞林)で、銀行やら、終身医療保険やら、生理用品やらが勝手にそばに寄って来て、私のまわりでじっと待機している姿を想像するとちょっと怖い。そして公共サービスなどは寄り添っている暇があるのなら、むしろアクティブに動いて欲しいと思ってしまう。そんな猫も杓子も寄り添って来た今年ですが(猫なら嬉しいけど)、本当の意味で女性達の心に寄り添っているのではないか、と皮肉なしで思える一冊がありました。それが、ミランダ・ジュライのFirst Bad Man、『最初の悪い男』です。現在、新潮社『波』にて連載中で、刊行予定は未定だそうですが、ここでいち早くレビューします!
現代アート作家、映画監督、小説家という三足のわらじを履く、恐ろしいほどの才能があって、センスがよく、頭が良くって、まあ、人類最強のカテゴリーに入る女性、ミランダ・ジュライ。(しかも旦那はマイク・ミルズ!)「最近、何読んでるの?」と聞かれた時に、「ミランダ・ジュライ」と答えれば、もう問答無用に合格感のある、そんな最高にシャレオツでクールな作家なのです。
処女短編集、『いちばんここに似合う人』は新潮クレストブックから岸本佐知子さん訳で出版されているのでとりあえず今すぐ買って読むべきなのですが、シュールで、妄想に満ち溢れていて、コミカルでありながらイタイ。が、イタイだけじゃなく、イタイ自分も自分だし、なんだかこういうスタンスの生き方も悪くないでしょ?と、一切の皮肉なしに納得させてくれる特別な力を持っている物語たちで、その力の源は何なのかなと考えてみたら、やはりそれは女性目線というものの完全肯定なのじゃいかなと思いました。女性は男性より劣るとされていた昔、男性と同じになることが求められたここ数十年、そしてやっと女性が思う女性らしさとか女性の生き方みたいなものが確立されつつある今現在、を代表するのがミランダ・ジュライ、なような気がします。
が、それはともかく、First Bad Man 『最初の悪い男』はスゴイ!ネタバレしない簡単なあらすじを書くと、こんな感じ。
シェリルはパッとしない人生を送る、一人暮らしの四十代独身女性。オープン・パルムという女性のための護身術を教えるNGO団体で働き、同じ組織の役員フィリップに密かな恋心を抱いている。そんなある日、シェリルは上司から彼らの二十一歳の娘、クリーを同居人として引き取り面倒を見てくれと頼まれたことから、シェリルの奇妙にも秩序立った世界が完全に破壊されてしまうのです。いわゆる金髪美女のクリー(イメージ的にはケイト・アプトン)は、ワガママで、残酷で、しかも不潔極まりない最悪なクソビッチ。しかしながら、そんな彼女との共同生活がシェリルに愛というものの意味を教えてくれるのです。
うわっ、ネタバレしたい! が、我慢我慢。
まず、シェリルのキャラクターがとにかく残念。微妙なルックス、そしてぎこちない印象を与える動作、そしてどことなく悲しげなオーラを身にまとってしまっている独身中年女性なのです。で、若干生きることを諦めている感がある彼女を端的に表現しているのが、「システム」と呼ばれる家の整理方法。たとえば、お皿を使わずに鍋から直接食事をすれば、お皿を洗う手間が省ける。同じように、本も本棚の横で立ったまま読めば、本を片付ける時間がいらない。バスルームに新しい石鹸を置く必要があるならば、乾燥機が止まるのを待ち、中のバスタオルを取り出し、トイレで用を足しながらバスタオルを畳み、トイレットペーパーも使う前に顔の脂を取れば一石六鳥ぐらいになる、というもの。もちろん「システム」は彼女の生活だけではなく、人との接し方や感情の処理にも適応されていて、それは彼女が嫌な目に遭ったり、傷つくことから守ってくれるけれど、同時に心からの喜びや悲しみなどの人間らしい感情を遠ざけてしまっているのです。そう、シェリルは本当の意味では生きていないのです。
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