2016.02.29
- 読書狂時代
消費社会を語るとき、私が村上春樹に思うこと
「名は体を表す」と言いますが、本棚もその持ち主の性格やら人となりを表すものです。以前、言うことなすことすべてが胡散臭い自称アートディレクターの本棚を見る機会があったのですが、『L’OFFICIAL』(*1)やら 『V』(*2)やらスティーヴン・クライン(*3)の分厚い写真集がこれ見よがしに並ぶ本棚に『ユダヤ人大富豪の教え』(*4)と一緒に置かれていたのが村上春樹の『ノルウェーの森(上)』だったのです。
さて、現代を生きるアラサー&アラフォー女性なら、一度は男の子の部屋の村上春樹問題に直面したことがあるのではないでしょうか? そう、カラーボックス(死語?)に『バガボンド』や『ジョジョの奇妙な冒険』と一緒に並んだ村上春樹を見て、「あー」と残念な気持ちになるアレです。しかしながら、「なんか初デートの待ち合わせで男の子が本を読んでて、その本が村上春樹とかだったら超ヤジャナイ?」などという意見がまかり通っていたのは90年代までのこと、いつの間にか、いつの間にかに、村上春樹はイケてる男女のマストハブアイテムになっていたのです。若い男の子に「僕、村上春樹好きなんですよ」なんて屈託のない笑顔で言われると、パスタ茹で過ぎそう、正常位でヤリながら泣き出しそう、月給に対して日々のコーヒー代凄そう、なんて思わず余計な心配をしたくなりますが、現代の一般的な基準では村上春樹好きは恥ずべきことではなく、むしろおしゃれで好ましいことなのです。00年代にニューヨーカーに短編が掲載され始め、マンハッタンの「Barnes & Noble」(*5)や 「STRAND」(*6)に村上作品が平積みになった頃から逆輸入的に評価が高まったということはさておき、やはり昭和の人間にとっては首を傾げずにはおれない現象と言えるでしょう。
衝撃的だったのは、2013年に発売された『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』です。どのカフェに行っても、マックブックの横にはあの一見永谷園を彷彿とさせる表紙の本が鎮座ましましていたのです。そう、村上春樹は文学作品の域を超え、【買うだけでOK】<【味わったり聴いたりするだけでOK】<【最後まで読めばOK】という文学のハードルの高さを取り払い、ファッションアイテムとしての地位を築いたのです! 持っているだけでなんだかおしゃれだとか素敵だとか、イメージをぐんと上げてくれるアイテム、それがハルキ・ムラカミの作品なのです。こんなことを書いていると、「この人、単に村上春樹をディスりたいだけじゃん」と思われるかもしれませんが、個人的には割りと嫌いじゃなく、『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』や『ねじまき鳥クロニクル』などは文句なしに世界に名だたる傑作だと思いますし、『ノルウェーの森』も人死に過ぎだけど好きで何度も読んでいますし、でも『回転木馬のデッドヒート』を読むならカーヴァー(*7)読んだ方がいいかなと思ったりする派で、ここで問題提議したいのは村上作品の価値云々ではなく、冷静に読むと若干のダサさが否めない(あくまで主観ですが)『海辺のカフカ』等の作品さえもおしゃれと思わせてしまうその村上春樹というブランドのブランディング力が凄いよ、という話なのです。
国民的アイドルの歌うポップソングをはじめ、洗濯機や炊飯器までが「わたし流」やら「自分流」ボタンで個性尊重をアピールし、個性的である為に物を買わされる世の中、本来ならば消費社会の対極にあるべき文学さえも商品になってしまっている、そんな事象が露骨に顕在化しているのが村上春樹のベストセラー小説であり、ハードコアな文学愛好者にアンチ村上が多い理由なのではないでしょうか? 音楽でもコーヒーでもゾンビ映画でも何でもかんでもマニアックに語りたがるシティボーイ&ガールたちが読んでいるのが村上春樹という事実はよくよく考えてみると結構恐いというか、出版社ももう少しできることがあるのではと思ってしまうのです。天才詩人、大森靖子(*8)の歌を引用すると、「知らない誰かに財布を握られる(中略)私のリモコン握られる 握ってる見えないヒットラー」にコントロールされている感とでも言うか。見えてはいけないはずのヒットラーの存在が薄らと透けて見えてしまう時、もはや我々はやれやれ、なんて呑気に呟いている場合ではありません。そしてヒットラーといえば焚書が連想されますが、これから万が一日本が『1984』的な(オーウェルね)世の中になっても、もはや本なんて燃やされないのかもと思うのです。だって誰も読まないし。いや、燃やされるのかも。うず高く積み上げられた240万部の『火花』が……。
今泉渚
ニューヨーク大学文学部卒業。外資系ブランドのPRを経て、独立。現在はフリーランスPRと翻訳家として活躍する。夢は書店で同じ本を手に取ろうとした人と恋に落ち、結婚することだが、少しでも多くの読書時間を捻出する為に本はもっぱらオンラインで購入している。読書感想ブログ『本のPR』ではジャンルにとらわれない古今東西の名作を紹介。
(*1)L’OFFICIAL
富裕層をターゲットにした仏モード誌
(*2)V
カッティングエッジなヴィジュアルで名高い米モード誌
(*3)スティーヴン・クライン
『VOGUE』や『W』などで活躍する世界的ファッション・フォトグラファー。
(*4)ユダヤ人大富豪の教え
本田健著のベストセラー自己啓発書。
(*5)Barnes & Noble
米大手書店チェーン。日本でいえばツタヤ。
(*6)STRAND
米インディペンデント系書店。中古の本なども取り扱う。
(*7)カーヴァー
レイモンド・カーヴァー。アメリカ文学を代表する短編小説の名手。代表作は『大聖堂』など。
(*8)大森靖子
シンガーソングライター。代表作は『ミッドナイト清純異性交遊』や『君と映画』など。ポップでキャッチーなメロディーと、諧謔的でありながら現代を鋭く切り取った歌詞に定評がある。