映画と音楽のオイシイ関係

2019.06.03

映画と音楽のオイシイ関係

冷戦下のポーランド、
音楽で結ばれ、時代に引き裂かれた恋人たち

私がこれまで世界中で最も多く訪れ、長く滞在した外国というのは、おそらく(アメリカを除いては)ポーランドではないかと思う。2012年の夏に初めて訪れて以来、夏にはよくツアーに行ったし、一年に2度行くこともあった。長いツアーでは1ヶ月近く滞在し、そんなに広い国ではないとは言えポーランドのあちこちをくまなく回った。だからポーランドの色とか匂いとか空気感とか、何となく感覚的に思い出せる。もちろん、「音楽」においては最も顕著に。

今日はそんなポーランドのパヴェウ・パヴリコフスキ監督の映画を紹介したいと思う。アカデミー賞は惜しくも逃したものの三部門でノミネートを果たし、カンヌ国際映画祭では見事監督賞を受賞した注目作だ。

西に東に翻弄されるピアニストと歌手の運命



舞台は冷戦に揺れるポーランド。歌手を夢見るズーラとピアニストのヴィクトルは音楽舞踏団の養成所で出会い、恋に落ちる。互いに才能を認めつつも正反対の性格の二人のストーリーは、過酷な時代背景も相まってより一層情熱的でドラマティックに展開して行く。西側の音楽を聴くことが許されなかった時代、ヴィクトルは政府に監視されるようになり、パリに亡命。一緒にいることを望みながらも、自らの自信のなさと恐怖から彼について行くことができなかったズーラは、のちに歌手になり、公演先のパリでヴィクトルと再会を果たす。その後もユーゴスラビア、パリ、ポーランドを舞台に、西に東に揺れ動き、別れと再会を幾度も繰り返す15年間を描いている。時代に翻弄されながらもお互いへの想いを燃え上がらせる二人を繋いでいるのは、監督自身も「この映画の第三の主人公」と明言する、紛れもない「音楽」だ。

この映画における音楽の果たす役割はそれほどまでに大きいのだが、細部にも興味深い発見がある 。そもそも、この映画で描かれている音楽舞踏団は、実在する「マゾフシェ」などの民族芸術団から来ている。そこではマズルカを含め、ポーランドの田舎で集めた民族音楽に新しいアレンジを施していた。いわば、民族音楽をアップデートして紹介しているわけなのだが、これは現代のポーランドのジャズシーンでもよく見られる。彼らは民謡のリズムやメロディを使って、独特のジャズのスタイルを生み出しているのだ。非常に独創的な音楽だと思う。そして祖国の伝統音楽を引用して最先端のスタイルで演奏することについて言えば、ヴィクトルと同じくパリに亡命した作曲家、ショパンが先駆者であろう。

ポーランド映画 × ポーリッシュ・ジャズ



ストーリー序盤、ヴィクトルがズーラに発声練習を施しているシーンで、ヴィクトルが突然ある旋律を弾いて、「歌ってみて」と言う。答えて歌うズーラ。もしや、と思いつつ次に続くメロディにピンとくる。そう、それはガーシュインの「I Loves You, Porgy」のメロディ。何の説明もないシーンだが、勘のいい人ならその時点でヴィクトルが西側の音楽、つまりジャズを密かに愛していることがわかるだろう。
そしてこの映画のサブタイトルにも出てくる「あの歌」というのが、マゾフシェのスタンダード、「2つの心」という曲で、この曲が全編を通してテーマとなっている。はじめは農村の少女が歌うシンプルで牧歌的な曲として、またパリのクラブでは切なく優美なジャズバラードとして、劇中常に、言葉では語ることのできない想いがこの歌で表現される。個人的に、ポーランドの哀愁漂う旋律は日本人の心の琴線に触れるものが大いにあると思う。

またこの映画で編曲、演奏を手がけたのが、ポーランドを代表するアーティスト、マルチン・マセツキである、という点にも注目したい。彼は前衛的なジャズミュージシャンであるだけでなく、協奏曲やシンフォニーを作曲する現代音楽家、テクノ・ポップ・グループのリーダー、エクスペリメンタルなレコードレーベルの共同オーナー、など多くの顔と才能を持つ鬼才だ。過去にはマズルカをコンセプトにしたアルバムもリリースしている。『水の中のナイフ』のロマン・ポランスキー監督とクシシュトフ・コメダの組み合わせのように、パヴェウ・パヴリコフスキ監督と見事なタッグを組んでいる。



民族的なマズルカや前衛、もしくは哀愁のジャズが流れる中、途中ズーラが悪酔いしてパリのバーで踊りまくるシーンがある。バックで流れるのはビル・ヘイリーの”Rock Around the Clock”だ。このアメリカンなロックン・ロールを使ったシーンの描き方はもちろんアメリカ的ではなく、かといってフランス的でもない。やはり「ポーランド的」と言わざるをえないような、どことなく暗く、やるせないシーンだ。

音楽のことばかり書いたが、モノクロームで語られる映像がこの上なく美しい。はじめに私はポーランドの「色」を思い出せる、と言ったが、私のイメージの中ではポーランドの色というのはとても薄くて、例えばスペインの真っ青な空やフランスのパステルカラーの美しい配色や南米の国々に見られる原色の組み合わせとは違い、彩度が薄い印象なのだ。この映画はモノクロで描かれているが故に、逆にそこに美しいイメージが見えてくるし、一つ一つのシーンが鮮明な印象を残す。

音楽が第三の主役—–とは言っても、これは押し付けがましい音楽映画では決してない。ポーランドという国が背負ってきた歴史や、そこに住む人達の精神的葛藤が、音楽にも映像にもそこはかとなく描かれた、とても美しい映画だと思う。まだ訪れたことがない、という人も是非、この映画でポーランドの色や匂いを感じ取って欲しい。

(Text:akiko)
*この連載の執筆者 akikoさんによるライブが、6/16渋谷で開催!
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©OPUS FILM Sp. z o.o. / Apocalypso Pictures Cold War Limited / MK Productions / ARTE France Cinema / The British Film Institute / Channel Four Televison Corporation / Canal+ Poland / EC1 Lodz / Mazowiecki Instytut Kultury / Instytucja Filmowa Silesia Film / Kino Świat / Wojewodzki Dom Kultury w Rzeszowie

『COLD WAR あの歌、2つの心』
▪️監督:パヴェウ・パヴリコフスキ
▪️脚本:パヴェウ・パヴリコフスキ、ヤヌシュ・グウォヴァツキ
▪️撮影:ウカシュ・ジャル
▪️出演:ヨアンナ・クーリク、トマシュ・コット、アガタ・クレシャ、ボリス・シィツ、ジャンヌ・バリバール、セドリック・カーン 他
▪️配給:キノフィルムズ
■作品情報:原題:Zimna wojna/2018年/ポーランド・イギリス・フランス合作/88分
▪️URL:coldwar-movie.jp
6/28(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開


akiko

ジャズシンガー
2001年、名門ジャズレーベル「ヴァーヴ」初の日本人女性シンガーとしてユニバーサル・ミュージックよりデビュー。既存のジャズの枠に捕われない幅広い音楽活動で人気を博し、現在までに22枚のアルバムを発表。これまでに「ジャズ・ディスク大賞」や「Billboard Japan Music Award」を始め、数々のミュージックアワードを受賞。2003年にはエスティー・ローダーより日本人女性に送られる美の賞「ディファイニング・ビューティー・アワード」を授与される。

アルバムプロデュースやコンピレーションCDの選曲、執筆、アパレル・ブランドとのコラボレーションなど多方面で活躍。また、ボイス・ワークショップの開催や、アーユルヴェーダやヨガのワークショップ、国内外でのリトリートツアーなども不定期に開催している。
デビュー15周年となる2016年にはアーユルヴェーダのコンセプトを元に5種類に分けた5枚組ベストアルバム「Elemental Harmony」をリリース。 音楽性やファッション性のみならず、そのライフ・スタイルにも多くの支持が集まる。
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