映画と音楽のオイシイ関係

2019.02.26

映画と音楽のオイシイ関係
©2018 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. All Rights

祝 アカデミー作品賞!
何もかも正反対の二人の友情から生まれた、
実話のバディー・ムービー

2019年初の映画紹介は、ガサツで無教養なイタリア系ドライバーと孤高の天才黒人ビアニストの友情を描いた実話。大いに笑い、大いに泣いた、この素晴らしい作品をご紹介したい。

皆さんは、ドクター・ドナルド・シャーリーというピアニストを知っているだろうか。カーネギー・ホールの上に住み、ストラヴィンスキーをして「神の域の技巧」と言わしめた天才ピアニストだ。恥ずかしながら私はこれまで彼の存在を知らなかったのだが、そのアーティストとしての存在たるや全く独特で興味深い。

©2018 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. All Rights まだ黒人差別が色濃く残る時代、ドクター・シャーリーは比類なき才能を持ちながら、黒人であるが故にクラシックの王道を歩けなかった天才だ。白人社会にも受け入れられず、そして黒人独特のカルチャーにも馴染めなかった彼は、同性愛者であったこともあいまって、まさに孤高のピアニストだった。
彼は当時流行っていたリトル・リチャードやアレサ・フランクリンのようなブラック・ミュージックを全く聴かなかったし、食事や行儀作法もとても洗練されていた。余談だが、ジャズ・ミュージシャンと演奏することがほとんどなかった彼が唯一交流を持っていたのが、デューク・エリントンだそうだ。なるほど、その洗練された気品の高さには共通するものがある。 スタンウェイのピアノしか弾かず、トリオの編成はピアノ、コントラバス、チェロといった非常にユニークなものだった。クラシックでもジャズでもR&Bでもない。望んでそうなったわけではないのだろうが、結果的にそれは「ドクター・シャーリー・ミュージック」としか言いようのない、まさしく唯一無二のスタイルを生み出した。

新鮮で魅力的な音色を奏でる孤高のピアニスト

©2018 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. All Rights 例えば劇中、ジャズ・シンガーが好んで歌う「Happy Talk」というロジャース&ハマースタインの名曲が流れるのだが、全くもってジャズ・マナーではなく、かと言ってクラシックの様式でもない。今聴いてもとても新鮮に、新しく感じる。日頃からの黒人差別への怒りや憤りを抱えながらその思いを演奏に込め、絶賛する白人の観客を前に笑顔で挨拶する姿に、胸が締め付けられた。

そんなドクターとのちに深い友情を結ぶことになる物語の主人公、トニー・リップ。ニューヨークのクラブ「コパカバーナ」で働いていた彼は、ガサツで無教養だが腕っぷしがよく、お得意のハッタリでピンチを切り抜けると周囲に頼りにされていた。ドクターが南部へのツアーのドライバー兼用心棒としてトニーを雇ったことから二人の交流が始まる。立場も性格も正反対だった二人の旅は、数々のトラブルを乗り越え、感慨深い旅へと変わって行く。

全編を通して二人のやりとりがとても小気味良くて面白いのだが、この映画で描いているテーマはもっと深いものだ。人種差別について、またそれに対して暴力ではなく尊厳で戦うことについて。どこの社会にも属さず孤独の中で一人立ち向かって行く勇気について。大切な、しかし重いテーマが描かれているのにもかかわらず、この映画がとても軽妙で明るく描かれているのは、主人公二人のやりとりはもとより劇中で流れる音楽の貢献も大きいように思う。ストーリー序盤からエンドロール最後まで、クローバーズ、チャビー・チェッカー、プロフェッサー・ロングヘアと言った、当時のアメリカを賑わせたR&Bやロックンロールの名曲が流れる。50,60’sのアメリカンミュージック好きには嬉しい選曲だ。

父の想いを称えた作品

©2018 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. All Rights タイトルの「グリーンブック」とは、黒人差別が色濃く危険であった南部を安全に旅するための、黒人用の旅行ガイドだった。そしてこの映画を作ったのは、主人公トニーの息子、ニック・バレロンガだ。父の生き方そのものを変えたこの旅を、いつか映画にしたいとずっと温めてきたそうだ。その功績を大いに讃えたいと思う。今まで知らなかった黒人差別の歴史と、現代社会においてもいまだに残るあらゆる差別問題に一石を投じながらも、こんなにも心温まる物語を伝えてくれたことに心からの感謝を捧げたい。オスカーの行方も気になるところだが、それよりもこの涙と笑いあふれる映画を見終わった後に観客の心に残す感動は、何ものにも変えがたい勲章に違いない。

(Text:akiko)


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『グリーンブック』
▪️監督:ピーター・ファレリー『愛しのローズマリー』『メリーに首ったけ』 
▪️出演:ヴィゴ・モーテンセン『イースタン・プロミス』、マハーシャラ・アリ『ムーンライト』ほか
▪️提供:ギャガ、カルチュア・パブリッシャーズ
▪️配給:ギャガ
■作品情報:原題:GREEN BOOK/2018年/アメリカ/130分
▪️URL:gaga.ne.jp/greenbook 2019年3月1日(金)TOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー


akiko

ジャズシンガー
2001年、名門ジャズレーベル「ヴァーヴ」初の日本人女性シンガーとしてユニバーサル・ミュージックよりデビュー。既存のジャズの枠に捕われない幅広い音楽活動で人気を博し、現在までに22枚のアルバムを発表。これまでに「ジャズ・ディスク大賞」や「Billboard Japan Music Award」を始め、数々のミュージックアワードを受賞。2003年にはエスティー・ローダーより日本人女性に送られる美の賞「ディファイニング・ビューティー・アワード」を授与される。

アルバムプロデュースやコンピレーションCDの選曲、執筆、アパレル・ブランドとのコラボレーションなど多方面で活躍。また、ボイス・ワークショップの開催や、アーユルヴェーダやヨガのワークショップ、国内外でのリトリートツアーなども不定期に開催している。
デビュー15周年となる2016年にはアーユルヴェーダのコンセプトを元に5種類に分けた5枚組ベストアルバム「Elemental Harmony」をリリース。 音楽性やファッション性のみならず、そのライフ・スタイルにも多くの支持が集まる。
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