2015.09.18
- BIRTHDAY STORIES
Birthday Stories Vol.06
『鳥取、二十歳、スターバックス』
山内マリコ
課題の提出が終われば、すぐ地元に帰るつもり。
鳥取までは高速バスで9時間超の長旅だと言うと、友達はみんな、「9時間て・・・・・・どんな田舎だよ!」と仰天した。
かく言う彼女たちも、けっこう遠いところからはるばる来ている。
福井、秋田、愛媛、鹿児島、北海道、福島。
東京の大学に来てあたしは、世の中にはいろんな土地があるんだなぁと思い知った。それぞれの地元を、ときには自慢げに、ときにはちょっと自虐的に話すのは、いつものことだ。
だからこのときもあたしは、間髪いれずにこう切り返したのだった。
「スタバもない田舎だよっ!」
そしたらみんな、「アハハハハハ~」って笑うの。
鳥取はスターバックスがないことで有名だから、県民はそのことを自虐じゃなくて、むしろ自慢にしている。だってスターバックスがないってだけで、全国ネットのテレビに何度も取り上げられたし。
47都道府県のうち、スターバックスがないのは鳥取だけ! っていうのが、逆に良かったんだ。
だから鳥取にスターバックスができるとわかったときは、けっこう複雑な気持ちだった。高校時代の友達のグループLINEでは、「ていうか別に、来なくていいから」なんて強がってる子までいた。
けど、そういう子に限って、オープン初日に並んでるんだよなぁ~。
その子はフラペチーノ片手に「一番乗り!」ってフェイスブックにUPして、思いっきり自慢してた。
あたしは今年も夏休みがはじまったら、すぐ鳥取に帰る予定。彼氏もいないし。どちらかと言うと、高校時代に好きだった男の子が、いまどうしてるかの方が気になるし。
スタバに行けば、バッタリ会ったりして……。
なんて、よこしまな気持ちも抱いているのだった。
9時間半もバスに揺られ、やっと実家に着いて、その日は爆睡。翌日あたしは、LINEが鳴りまくってるのに気づいて目を覚ました。
LINEには、Starbucks eGift ってのが付いていた。
なにこれ……?
カードには、
「誕生日おめでとう! 祝☆初スタバ」
「二十歳&スタバ出店おめでとう、楽しんで~☆」
「鳥取にスタバができたこと、心よりお慶び申し上げます。あと誕生日も!」
「ハッピーバースデー♡ これで初スタバ行っておいで!」
などなどのメッセージ。
みんな……。
あたしはちょっと、胸いっぱいだ。
だって、彼女たちの前で「スターバックスがない県、鳥取」のジョークを飛ばすとき、いつもちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、やっぱ り嫌だなぁと、思ってたから。
傷つくってほどじゃないけど、ちょっとだけね。
「みんなで何度も行ってるじゃん!こんなにいっぱい飲めないよ(泣)」
あたしはちょっと考えて、(泣)を(笑)に変えてから、みんなに送った。
スターバックスがオープンして2ヶ月、うちの両親はまだ行ったことがないという。唯一お姉ちゃんだけはもう何度も行っていて、「え、eGift 4つもあるの? やったー!」
と大喜びだ。
お姉ちゃんは、お父さんとお母さんに eGift とはなにか、あたしの代わりに説明してた。
夏のはじめの日曜日、家族みんなでスターバックスに行った。
お父さんがドリップコーヒーをたのみ、お母さんがカプチーノをたのみ、お姉ちゃんがソイラテをたのむ。次はあたしの番。
なに飲もうかな~とメニューに目を落としていると、
「あ、どうも」
店員さんに言われ、顔を上げるとそこには、まさに高校時代あたしが片想いしてた、あの男の子がいた。
「あ、あ、あ……」
あたしは思わずフリーズしてしまう。
東京で、生まれてはじめてスターバックスのレジで注文したときの、何十倍もの緊張……。
颯爽とオーダーしたいのに。
都会の女子っぽくキメたいのに。
「マンゴーパッションティーフラペチーノ」という言葉が、のどでつかえて、なかなか出てこない。
presented by STARBUCKS eGift
https://gift.starbucks.co.jp/
山内マリコ
1980年富山県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒業後、京都でのライター生活を経て上京。
2008年「女による女のためのR‐18文学賞」読者賞を受賞。12年8月『ここは退屈迎えに来て』
でデビュー。他の著書に『アズミ・ハルコは行方不明』『さみしくなったら名前を呼んで』
『パリ行ったことないの』『かわいい結婚』『東京23話』。