BIRTHDAY STORIES

2015.12.18

BIRTHDAY STORIES
top_001_2

Birthday Stories Vol.09
『わたしの街』

松田 青子



 わたしは二子玉川で働いている。
 もう五年になる。はじめから過ごしやすい雰囲気がある街だったけど、その間に開発が進んで、街はどんどん変化した。駅前にライズ・ショッピングセンターができたし、今年は蔦屋家電や念願の映画館もオープンした。
 映画館が入るかもって噂はだいぶ前からあって、わたしの職場でもみんな楽しみにしていたし、でもなかなか噂以上にならなくて、どうなんだろうねって話していた。まあ、このうえ映画館までできたら完璧すぎるか、と自分に言い聞かせたりしていた。それぐらい、この街には何でも揃っていたのだ。服とか、もうほかの街で買い物する必要がまったくない。渋谷や新宿まで買い物に出て、人の多さに疲れて帰ることもなくなった。
 でも、去年、ずっと通っている職場近くの美容院で髪を切ってもらっていたら、美容師さんが「映画館、できるらしいですよ」と一言言い、これは本当に実現するなって、わたしは確信した。やっぱり街のことは、美容師さんが一番確かな情報をつかんでいる。おいしいお店も知っている。
 映画館ができたおかげで、仕事終わりにさくっと一本見て帰ることもできるようになってすごくうれしい。それまではなかなか都合がつかなくて、新作を見逃してばっかりだったから。
 あと、二子玉川には、スターバックスが五店舗もある。なんなんだろう。この街はスターバックス天国か。混んでいたらほかのお店にすぐ行けるし、同じお店とはいえそれぞれの持ち味がわかってきて、使い分けができる。職場に向かう前にさっとテイクアウトしたいときは、ライズのお店に行くし、電車に乗る前に買うときもそう。友だちとご飯を食べたあとに、もうちょっと話したいねってときは、高島屋のお店に行く。遅くまでやっているし、ずっとにぎやかで楽しい。職場から一番近いから、同僚たちと行くのは玉川三丁目のスターバックスが一番多い。でもこのお店は普通のスターバックスとはメニューが違って、わたしが愛しているチャイティーラテがないから、気がついたらほかのお店にも足が向いてしまう。
 少し遠いから昼休みとかには行けないけど、一番好きなのは、高層マンションの先にある公園の中にあるスターバックスだ。小さなお店だけど、ガラス張りで、公園が見渡せて気持ちがいい。犬の散歩をしている人たちや、走り回る子どもたちを眺めながらぼんやりするのが好きだ。夜、明かりが灯ったお店を外から見ると、暗い公園の中でお店だけが発光していてすごくきれいだ。宇宙船みたいっていうか、ぽっかりとそこだけ異次元が出現したみたいで、なんだか感動してしまう。もちろんいつもの日常なんだけど、ちょっとだけいつもと違う気分になれるから、同僚たちにもこの公園のお店は人気がある。
 最近職場の仲の良いメンバーの中ではやっているのは、仕事でミスをした同僚にその場で即座にStarbucks eGiftを送りつけることだ。帰りにさくっと気分転換したら、みたいな感じで。冗談めかせるし、慰められるよりずっと気楽なせいか、結構みんな気に入っている。あと誕生日にももちろん送り合う。
001  そういうわけで、今、わたしは公園のお店にいる。派手に上司から怒られたせいで、すぐさまStarbucks eGiftが三つも届いて、落ち込みながらも笑ってしまった。一つなんて、怒られている最中に届いた。
 外はもう暗闇だ。さすがに子どもたちの姿は見えない。犬を連れた男の人が公園に入ってくるのが見える。彼から見たら、明るい店内でチャイティーラテを飲んでいるわたしは、宇宙船の中にいるみたいに見えるだろう。

(Text: 松田 青子)
(Illustration: TPDL)


松田 青子
1979年兵庫県生まれ。同志社大学文学部英文科卒業。2013年、『スタッキング可能』でデビュー。同作は第26回三島由紀夫賞候補、第35回野間文芸新人賞候補に。著書に『英子の森』『なんでそんなことするの?』、訳書にカレン・ラッセル『狼少女たちの聖ルーシー寮』などがある。最新エッセイは、『読めよ、さらば憂いなし』。

TOKYOWISE SOCIAL TOKYOWISE SOCIAL