2017.12.28
- 完全ファン目線の安室奈美恵論
渋谷に凱旋した安室奈美恵
引退を発表した安室奈美恵が、東京・渋谷スクランブル交差点を舞台に、四つの年代の携帯電話を手に歌い踊るdocomoのCMが秀逸だ。リモコンのようなケータイを持つ「1992」の衣装・メイク・振付はヒット曲『Stop the music』を、二つ折りガラケーの「2000」は『Say the word』を、少し古いスマートフォンの「2010」は『Dr.』を、最新型スマホの「2017」は『Fashionista』をそれぞれ彷彿とさせる。共に今年が誕生・デビュー25周年であり、そして多くの人にとって身近な存在であるという共通点も持つ、NTTドコモと安室奈美恵。両者の軌跡がうまいこと重ね合わさった映像を見ていたら、私の脳裏にも、自然と四つの“あのころ”が蘇ってきた――。
コギャルの教祖だった90年代
1990年代の安室奈美恵は、よく言われていることではあるがそれをなぞるわけではなく紛れもない実感として、渋谷に集うコギャルたちの教祖だった。横浜の片隅にある小さな女子校に通い、毎日ほぼ学校と家を往復するだけのイケてない高校生だった筆者にとっては、少々遠い存在だったとも言える。男っ気のおの字もなく、バレンタインには比較的若めであるというだけで別段カッコ良くもない男性教諭くらいしかチョコをあげる相手がいないような生徒が大半を占めるなか、休日になると渋谷に繰り出してナンパ待ちをする数少ないイケてる同級生。安室奈美恵は、そんな彼女たちが崇め、歌い、真似する対象だったのだ。
だが一方で、当時、小室哲哉サウンドはほぼすべての高校生に平等に浸透していた。休日に渋谷には繰り出さない生徒もカラオケには行って、キーのたっかいTKソングを競って入れてはイエイエヲウヲウ叫ぶ、というのが習慣として定着していた時代。安室奈美恵もそんな小室ファミリーの一員であった以上、我々に「1曲も歌えない」という選択肢はあり得なかった。アムロはコギャルのものだし、私はglobe派だな~なんて口では言っていたって、アルバム『SWEET 19 BLUES』は当たり前に持っていたし、カラオケに行けばタイトル曲を泣きながら歌っていたし、何ならアムロを共通の話題としてコギャルたちとうっかり会話が弾んだりもした、それが筆者の一つ目の“あのころ”。
あれから、約20年の月日が流れた。件のCMは放映開始前日の11月14日、渋谷スクランブル交差点の大スクリーンでメイキング映像と共に公開され、行き交う人々の目を引き付けた。同時期には渋谷109の巨大看板にも安室奈美恵が出現し、また同店内にオープンした期間限定の「namie amuro×SHIBUYA109×TOWER RECORDS POP UP STORE」には連日長い行列ができた。安室奈美恵、渋谷に凱旋――。産休後、コギャルのもの感の薄れた彼女が『I HAVE NEVER SEEN』を歌い踊る姿に撃ち抜かれて以来、ファンクラブに入会して毎年複数回ライブに足を運ぶ強火ファンになっていた筆者の目には、そう映った。二つ目以降の“あのころ”を振り返ると、安室奈美恵には、渋谷の街からそっぽを向かれていた時代が確かにあったのだから。
ないない尽くしの連載スタート
ファンはアーティストに似る、とよく言われるがその通りだと思う。いやもちろん、ファンになったからといって小顔になったり踊りが上手くなったりといったことは誠に残念ながら起きていないのだが、安室奈美恵の“真の偉大さ”に世間が気づいていないことが次第に気にならなくなった。ファンが分かっていればいい、と本人が思っているのなら、私もそれでいいと思うようになったのだ。この考えから、導き出されることが二つある。一つは、であればその“真の偉大さ”を今さらファンが声高に訴えるのは余計なお世話でしかない、ということ。しかし二つめ目が、筆者をそれでも訴えたい気持ちへと駆り立てる。それは、“真の偉大さ”を知っているのがファンだけだとしたら、安室奈美恵の活動に終止符が打たれようとしている今くらいは語られてもいいのではないか、ということだ。
筆者は、ライターといっても主に演劇の専門であり、音楽の仕事は数えるほどしかしたことがない。もちろん、安室奈美恵の取材もしたことがない。よって、ファンが知り得る以上の情報は何も持っていないし、ライブ通い以外のファン活動を熱心にするタイプでもないため、下手したら並みのファンよりも少ない情報しか持っていないかもしれない。武器といえるものがあるとしたら、その人やその公演の魅力を言葉にする技術くらいで、それとて特別な才能があるわけではなく経験から培われたものに過ぎない。改めて書き出してみると、清々しいほどないない尽くしだ。だがそれでも、コギャルの教祖が渋谷の街に凱旋するまでに何があったのかをファン目線で語りたい、その思いに抗いきれなかった。
稀代のライブアーティスト・安室奈美恵が引退する日まで、気づけばもうあと数か月。その偉大さを改めて見つめながら、感謝と惜別のカウントダウンをしていきたいと思っている。
町田麻子
フリーライター。早大一文卒。主に演劇、ミュージカル媒体でインタビュー記事や公演レポートを執筆中。
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