Editor’s Eye

2015.04.24

Editor’s Eye

「おかめそば」にまつわるエトセトラ

みなさんは「おかめそば」をご存じだろうか。

僕は、最近大好きになり、そば屋に入るたびおかめそばを食べている。
もともとそばは好きだったのだが、これまではもりそばや天せいろ、鴨せいろなどを食べていた。これは多くの人にとって、ごく一般的な選択であろう。
名の通った、行列のできるような老舗のそば屋を初めて訪れ、おかめそばを注文する、などという事は、普通はあまりしない。

なので、僕はおかめそばを知らなかった。
もちろんおかめそばの存在も、いろいろ具が入ったそばだということも知っていたが、そば原理主義的には邪道なメニューだというイメージを勝手に持ってしまっており、注文の選択肢から外れていたのだ。

ところが昨年、その状況は大きく変わった。
「おかめそば革命」が起こったのである。(あくまで個人的な革命だが……)
僕は昨年東京足立区に引っ越したのだが、その近所に昔ながらの「ザ・そば屋」といった佇まいのそば屋があった。おじちゃんとおばちゃんが営む町のそば屋だ。玄関脇には出前用のスーパーカブが停まっている。
この店の雰囲気が気に入り、頻繁に通う事となった。
頻繁に通い頻繁に天せいろを食べていたのだが、いつも同じメニューというのもつまらないなと思い、何げなく「おかめそばください」とおばちゃんに頼んだところ、これが出てきた。

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顔である。
明らかにこれは顔だ。
おかめそばというネーミングから、おかめの面に何か関係するのだろうな、という認識はぼんやりと持っていたし、そうした蘊蓄話をどこかで読んだ事がある気もする。しかし、これほどまでにおかめそばがおかめだったとは……。
己の無知を恥じるばかりである。

カマボコの歯ごたえとじわっとしみるお麩のやわらかさ、そして伊達巻きのやさしさ。見た目通り、味も彩り豊かで、器から漂う幸せをかみしめながらいただいた。

興奮冷めやらぬまま帰宅し、おかめそばについて調べたところ、江戸時代後期から明治時代まで、今の地下鉄千代田線根津駅付近にあった「太田庵」というそば屋が発明したメニューである事が分かった。

「おかめそば」は幕末の頃、江戸・下谷七軒町にあったそば店「太田庵」が考案した種ものです。名前の由来は、具の並べ方がおかめの面を連想させるところからきています。基本的な具の並べ方は、まず湯葉を蝶型に結んで丼の上部に置きます。これは、娘の髪をかたどるとする説と、両眼に見立てるという説とがあります。鼻はマツタケの薄切りか、三ツ葉を真ん中に置いてなぞらえます。そしてかまぼこを2枚向かい合わせて並べ、下に向かって開くように置いて、おかめの頬のように下ぶくれの形にします。
一般社団法人日本麺類業団体連合会WEBサイト:そば屋メニュー紹介『おかめそば』より


当時根津には遊郭があり、太田庵のおかめそばが大人気となったそうで、店にはおかめの大きな看板を掲げ、「根津のおかめ」としてたいそう繁盛したという。なんだか現代でもありそうなサクセスストーリーである。

そんな、元祖キャラ弁ともいえるおかめそばの人気にあやかろうと、他店もメニューに取り入れ始めることとなる。この流れも現代と変わらない。
各店は工夫を凝らし、あっという間に江戸のそば屋の定番メニューとなっていったのだ。

そして、それから百数十年たった今でも、おかめそばは東京の人たちに愛され続けている……、のだが……。

おかめそばにまつわる背景を知って以来、僕はこれまでの態度を改め、そば屋に入るたびにおかめそばを注文するようになった。
けれども、なかなか「おかめ顔」のおかめそばには出会わないのである。

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ご覧のように、なんとなく「顔っぽいかな」と思わせなくもないおかめそばもあるが、出てきた瞬間に顔が緩むようなおかめそばに出会う事は、非常に少ないのが現状だ。

それでも、ごく希にこのようなおかめそばに出くわす。

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東京でおかめ顔のおかめそばに出会う確率は、実感としては1割程度、いやもっと少ないかもしれない。
これを多いと捉えるか少ないと取るか。
食文化という視点から考えると、一飲食店が恐らく半ば客寄せのネタとして考案したメニューが、スタイルを変えながら百数十年間続いているというのはとても面白い。
おかめ顔のおかめそばが減っている理由のひとつに、作るのに手間がかかるわりには、値段を高くしにくいという事情もあるのだろう。だが、やはり昔ながらのおかめそばも残しておいてもらいたい。

そんな思いを抱いていたところ、浅草の老舗そば店「並木藪蕎麦」では、当時のおかめそばに近いものを今でも出しているというではないか。これはぜひ食べてみなくては。

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なるほど、美しい。
日本的美意識がどんぶりの中に、確かに存在している。
これぞ江戸の粋、といった感じだ。 鼻を模したマツタケの生麩は、つゆと絡まることで美しい旋律を奏で、島田湯葉を止める昆布の香りがアクセントになっている。そしてなにより、カマボコがうまい。
さすが老舗だ、看板メニューとは言えない品にも抜かりはない。

並木藪蕎麦のようなおかめそばを見ると、「伝統」とか「粋」という言葉をついつい使ってしまいたくなるが、おかめそばが生まれたときは、おそらくポップなものだったのだろう。それが伝統になり、そして姿を変えながら今に受け継がれている。
そんなおかめそばこそが、真のクールジャパンなのではないだろうか。

(Text: KUDOU Takahiro)

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