エスパス ルイ・ヴィトン東京
『スティーヴ・マックィーン展』開催中
2014.08.01
- CLIPPING
- ©Louis Vuitton / Jérémie Souteyrat Courtesy of Espace Louis Vuitton Tokyo
今年3月、アカデミー賞の最高峰「作品賞」を受賞したスティーヴ・マックィーン。映画界での活躍も然ることながら、彼はもともと美術大学出身の映像アーティスト。ロンドンのテート・ギャラリーをはじめ、ニューヨーク近代美術館(MoMA)、パリのポンピドゥーセンターなど、世界各地の美術館に作品が収蔵されている。そんな彼の最新作『Ashes(アッシズ)』が、表参道のエスパス ルイ・ヴィトン東京で展示中だ。映画界とアート界、二つの世界を股にかけて活躍する奇才の作品を“間近”で堪能できるこの機会、お見逃しなく。
無駄を削ぎ落としたミニマル表現の旗手
1969年、イギリス・ロンドン生まれのスティーヴ・マックィーン。現在はロンドンとオランダ・アムステルダムを拠点に活躍する、世界的な映像アーティストであり、映画監督だ。
スティーヴ・マックィーン©Louis Vuitton / Jérémie Souteyrat Courtesy of Espace Louis Vuitton Tokyo
輝かしいキャリアのはじまりは1990年代に遡る。名門ゴールド・スミス・カレッジでアートを学んでいた彼は、在学中に短編映画の制作をスタート。1993年に短編『Bear』を出品した後、モノクロのサイレント短編映画(一部の作品にはマックィーン自身が出演)を次々と発表する。転機となったのは1999年。喜劇映画のスターとして一世を風靡(ふうび)した、バスター・キートンへのオマージュ作品『Deadpan』でターナー賞を受賞してから。当時、若手の注目株だったトレイシー・エミンを制した彼は、突如“時の人”となる。
影響を受けた人物として、デレク・ジャーマン、ブルース・ナウマン、リチャード・セラを挙げる彼のスタイルは、一言でいうなら無駄を削ぎ落としたミニマル・アート。先人の後を追うように、映像だけに留まらない表現の幅広さも強みの一つだ。インスタレーションに彫刻、写真。さまざまな媒体を介して、彼が見たもの、感じたこと、発見したことを観客にコミュニケートする。だが完成形はあくまでもニュートラル。ルポルタージュのように、見聞きしたことや事実をそのまま映し出していく。
こうした作品作りに対する姿勢は、長編映画を手がけるようになっても変わらない。違いがあるとすれば、短編映画で見せたニュートラルな視点を維持しながら、そこに話の筋や物語というあたらしい要素を加えていること。入獄中の男が命をかけて挑んだ抗議運動「ハンガー・ストライキ」を題材にした『HUNGER/ハンガー』、セックス依存症に悩む男の苦悩を描いた『SHAME -シェイム-』、そして自由の身として生まれながら、12年間奴隷として生きることを強いられた男の数奇な運命を追った『それでも夜は明ける』。これまでに発表した3作品は、いずれも極限まで無駄を削ぎ落とした、繊細でミニマルな感性が光るものばかりだ。
「例えるなら、長編映画は小説であり、アートは詩なんだ。映画は物語とおなじで、みんなにとって身近なものだ。だがアートはそうじゃない。もちろん小説と詩を切り離せないように、両方が交差することは往々にしてあるけど、そういった概念の違いを頭に置いて、それぞれのアプローチを変えている」と語るマックィーン。「詩というものは、厳密にいうと物語とは異なるんだ。詩は無駄なものを一切省いて凝縮されている。1つの段落だけで大きな世界観を表現したりね。360ページも使って話を完結させる小説とは違う。ダラダラと細かい説明がないのさ。たった3行のなかに、非常に緻密で濃い内容が詰まっているのが詩。その点が小説とは圧倒的に違う」
今年3月、黒人監督として初となるアカデミー賞「作品賞」を受賞。活動の場を映画界に移しても、英国が生んだ奇才アーティストの快進撃は止まらない。そんな乗りに乗っているマックィーンの最新作が『Ashes』。小説(長編映画)と詩(アート)の要素を巧妙に組み合わせた、まさにいまの彼にしか作りえない力強い秀作だ。8月17日(日)まで、表参道のエスパス ルイ・ヴィトン東京で展示されている。
ルイ・ヴィトン 表参道ビルの7階に広がるここは、三面に設置された窓から、燦々と日の光が降り注ぐ“抜けがいい”空間として知られている。いつもの真っ白でクリーンな画をイメージして訪れた人は、光が完全に遮断され、すっかり様変わりした光景にまず驚かされることだろう。エレベーターを降りて通路を抜けると、暗室のなかに巨大なスクリーンが。近づくとそれは、表にも裏にも映写可能な両面スクリーンだということがわかる。光を反射しない黒壁は、まるでそれ自体が一種のインスタレーションのようだ。
両面スクリーンに映し出されているのは、美しい褐色の肌と笑顔をもつカリビアンの男性。底抜けに明るい青空の下、小舟に乗って海に出ている。スーパー8フィルムで撮影された、ザラザラした質感が特徴的な映像は、どこか懐かしいような、まるで自分がその場にいたような気分にさせる。打ち返す波の音をBGMに、目に飛び込んでくる青い海と空、オレンジ色のボート、白い海パン、褐色の肌……。そのすべてが心地よい“響き”となって、私たちを包み込む。
その調和をかき乱す存在が、かなり強い訛りの英語で綴られるナレーション。ほんの出来心から犯した窃盗が原因で、命を奪われてしまった一人の若者の悲劇が、友人によって淡々と語られる。実はこの“若者”こそ、作品名とおなじ“アッシズ”という呼び名をもつ青年。13年前、別の作品の制作のためにグレナダを訪れていたマックィーンは、カリスマ性をもった美しい青年、“アッシズ”に一瞬にして心奪われ、その姿をカメラに収めることに。それから8年後、再びグレナダを訪れることになった撮影隊。だが、そこにはもう“アッシズ”の姿はなかった。
社会の片隅で起きた悲劇をベースにした『Ashes』。美しい映像とその背景に流れる悲しい実話が、鮮やかな対比となって胸に突き刺さる。「ぼくはそうした表舞台に出されることのない事実を描きたい。人が隠そうとしたり、目を背けてきた事実をね。大切にしたいと思うのは、アートによってなにができるかということ。世の中には新聞やドキュメンタリー、ニュース番組が存在している。でもそうした媒体とは、また違った視点や情報をアートは発信できると思うんだ」。そう力強く語るマックィーン。アートの可能性を感じさせる作品を、ぜひその目で見つめてほしい。
『スティーヴ・マックィーン展』
日程|~8月17日(日)
時間|12:00~20:00
会場|エスパス ルイ・ヴィトン東京
東京都渋谷区神宮前5-7-5 ルイ・ヴィトン 表参道ビル 7階
Tel. 03-5766-1094
入場料|無料
http://www.espacelouisvuittontokyo.com
Steve McQueen|スティーヴ・マックィーン
1969年、ロンドン生まれ。同世代のなかで最も傑出したアーティストであり、映画監督の一人。彼の作品は、ロンドンのテート・ギャラリー、ニューヨーク近代美術館、シカゴ美術館、そしてパリのジョルジュ・ポンピドゥー国立近代美術館など、世界中の美術館に収蔵されている。1999年には名誉あるターナー賞を受賞、2009年にはヴェネツィア・ビエンナーレに英国代表アーティストとして参加。初監督映画『HUNGER/ハンガー』は、2008年のカンヌ映画祭においてカメラ・ドール(新人監督賞)を受賞。そして3作目となる『それでも夜は明ける』は、英国アカデミー賞2部門、2014年のアカデミー賞においては「作品賞」を含む計3部門を受賞した。ビジュアルアートへの貢献が認められ、2002年に大英帝国勲章のオフィサー(OBE)を受章したのにつづき、2011年に大英帝国勲章のコマンダー(CBE)を受章。現在、スティーヴ・マックィーンはアムステルダムを拠点に活動している。
OPENERSより
ART|アカデミー賞受賞監督の最新作を“間近”で堪能
http://openers.jp/culture/tips_art/news_stevemcqueen_45592.html